むかしむかしあるところに、『真璃(まり)』というおじいさんと、『観月(みづき)』というおばあさんがいました。
ある日、おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。
「今日もこのせんたく板で、ごしごし洗うのじゃ!それにしてもこの板、だれかのむねによく似ておるのう――」
おばあさんが、川のそばでせっせとせんたくをしていると、川上から大きなさくらんぼがどんぶらこ、どんぶらことながれてきました。
「やあやあ、これはみごとなさくらんぼなのじゃ!まるで赤子でも入っていそうじゃのう――よし、うちへもってかえるのじゃ!」
おばあさんはそう言い、こしをかがめてさくらんぼを取ろうとしましたが、とおくて手がとどきません。そこでおばあさんは、
「キュウビ、取ってくるのじゃ!」
守護霊(しゅごれい)のキュウビに、さくらんぼを取りに行ってもらうことにしました。
「コンッ!」
いさましいさけび声をあげながら、キュウビはさくらんぼめがけて、とんでいきました。
そしてさくらんぼにふれようとしたしゅんかん――キュウビの足は、さくらんぼをすりぬけてしまいました。
「そういえば、キュウビはふつうのモノにはさわれないのじゃった――」
「コーン――」
「ふうむ、なれば――おおい、さくらんぼやあい。あっちの水はからいのじゃ!こっちの水は、甘いのじゃ!じゃから、あっちの水はよけて来るのじゃ!こっちの水によって来るのじゃ!」
とうたいながら、手をたたきました。
するとさくらんぼは、すいよせられるようにおばあさんの目の前へと流れてきました。
おばあさんはにこにこしながら、
「早くマリー爺(じい)じゃといっしょに食べたいのじゃ――おお、もちろんキュウビにも分けてやるからのう。」
と言いながら、さくらんぼをひろいあげ、せんたく物といっしょにたらいの中に入れて、いっしょうけんめいかかえながら、おうちにかえりました。
そして夕方になり、おじいさんもたくさんのしばをせおってかえってきました。
「全く、なんでマリーがおじいさんなのよ――まあいいわ、帰ってきたわよ、観月。」
「おお爺じゃ、おかえりなのじゃ!今日はいいものを見
つけてきたぞよ。」
「あら――何かしら、いいものって?」
おじいさんはお気に入りのわらじをぬぎながら、上がってきました。その間に、おばあさんはさくらんぼをかかえてきました。
「ほれ、このさくらんぼなのじゃ!」
「まあ、これはこれは――一体どこで、こんな大きなさくらんぼをかってきたの?」
「いや、実は今日川で拾ってきたのじゃよ。」
「えっ、川で拾ってきたですって?それって食べて大丈夫なの――」
そうおじいさんは言いながら、さくらんぼをもって、どうしようか悩みました。すると、さくらんぼがポンッとわれて、
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
と、うぶ声をあげながら、かわいらしい赤ちゃんがげんきよく出てきました。
「さ、さくらんぼから赤ちゃんが!?」
「なんと!こうふんじゃ――」
おじいさんも、おばあさんも、これにはすっかりおどろいてしまいました。
「爺じゃ、もしかしたら――これはわらわたちが、どうにかして子どもがほしい、ほしいと思っていたものじゃから、かみさまがこの子をさずけてくださったのではないじゃろうか。」
いろいろあって、この手のできごとになれていたおばあさんが、いちはやくたちなおって、そう言いました。
「そ、そんなことが本当に――でもそうね、そうかもしれないわね。」
少しおくれて、おじいさんもたちなおり、おばあさんにさんせいしました。
「それなら、なまえはどうしようかしら――ねえ、フェルゼンっていうのはどう?」
「そんなキテレツななまえをつけては、この子がかわいそうなのじゃ!さくらんぼから生まれたのじゃから、さくらんぼたろう――だと少し長いのう、そうじゃ、『さくらたろう』が良いのじゃ!」
「そんなシンプルななまえの方が、よっぽどかわいそうだと思うんだけど――」
そうして、おじいさんとおばあさんが話をしていると、赤ちゃんがうごきだしました。
(……そもそも、女の子なのに男の子のなまえをつけられていることがかわいそうなの!)
「ほら、この子もきにいったみたいじゃ。よしよし、さくらたろう♪」
「まあ、それならしかたないかしら――よかったわね、さくらたろう。」
おじいさんとおばあさんは、そう言ってかおをみあわせながら、アハハ、ウフフとわらいました。
(ち、ちがうの――)
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
おじいさんとおばあさんは、それはそれはだいじにさくらたろうをそだてました。そして、さくらたろうは三さいになりました。とてもかわいい子にせいちょうしましたが、ちょっぴりなきむしで、あまえんぼさんなところが、おじいさんとおばあさんにはなやみのたねでした。
そんなある日、おじいさんとおばあさんはあるうわさを耳にしました。そのうわさとは、うみのむこうに『おにがしま』というところがあり、そこには鬼(おに)がたくさんの人からうばった、おかしがあるというものでした。
「おにとは、おそろしいのう――」
「でも、おかししかとらないなんてかわったおにね。」
さくらたろうはこのはなしをきいて、おにがしまに行ってみたくて、もういてもたってもいられなくなってしまいました。さくらたろうは、おかしが大好きだったからです。そこでさくらたろうは、おじいさんとおばあさんに、
「さくら、おにがしまに行っておにさんたいじをするの!」
と言いました。
「えっ、さくらたろうが?」
「言っておくがのう、おにというのはとてもおそろしい、いきものなんじゃぞ。」
それをきいて、さくらたろうはこわくなって、おもわずおもらししてしまいそうになりました。しかしゆうきをふりしぼって、さくらたろうはこたえました。
「だ、大丈夫なの――さくら、がんばるの!」
「おお、さくらたろうがこんなにもいさましく――かんどうじゃ!」
「まあ、おかしにつられてなんでしょうけどね――さくらたろうも、言うようになったじゃない。」
おじいさんもおばあさんも、さくらたろうのせいちょうにおおよろこびです。
「よし、それじゃあさくらたろうのためにをきびだんごでもつくってあげるとするかのう。」
そう言って、おじいさんとおばあさんは、おにわできびだんごをつくりはじめました。
「ぺったんこ、ぺったんこ。だれかさんのおむねも、ぺったんこ、ぺったんこ。だきまくらカバーは、にせちち、にせちち、ひょうちゅうちゃん!」
そうして、きびだんごがおいしそうにできあがったころには、さくらたろうのしたくもすっかりできていました。
さくらたろうは、おさむらいさんがきるような陣羽織(じんばおり)とさくら色のはちまき、それに『さくらたろう』と大きくかかれたのぼりを、みにつけていました。そしておじいさんとおばあさんから、きびだんごの入ったふくろをうけとりました。
「じゃあ、パパ、ママ、行ってきますなの!」
「さくらたろう、がんばっておにをたいじしてきなさいよ!」
「けがをしないように、きをつけるんじゃぞ――」
そうして、さくらたろうはおにがしまへのたびに出ていったのでした。おじいさんとおばあさんは、もんの外で、いつまでも、いつまでもみおくっていました。
さくらたろうがおにがしまにむけてゆっくりすすんでいると、とつぜん、くさむらの中から「わん、わん。」とこえをかけながら、いぬがあらわれました。
「わんわんわん?(さくらたろう、さくらたろう、どこにいくの?)」
「おにがしまに、おにさんたいじに行くの!」
「わんわん?(こしにさげてるのは、なに?)」
「パパとママがつくってくれた、きびだんごなの。」
「わんわん、わんわん!(あさひにもいっこちょうだい、くれるならおともしてやるぞ!)」
「うーん――分かったの、やっぱりさくらひとりじゃさびしいし、あげるの。」
『あさひ』いぬ――「あさひわん」はきびだんごをもらい、さくらたろうのうしろから、ついてくるようになりました。
しばらくあるいていると、こんどは木の上から、「きゃっ、きゃっ。」とさけびながら、さるが出てきました。
「さくらたろう、さくらたろう、どこにいくの?」
「おにがしまに、おにさんたいじに行くの!」
「こしにさげてるのは、なに?」
「パパとママがつくってくれた、きびだんごなの。」
「そらにもいっこちょうだい、くれるならおともしてあげるよ!」
「うーん――分かったの、あげるの。」
『青空(そら)』さる――「そらる」もきびだんごをもらい、うしろからついてくるようになりました。
ふたたびおにがしまにむけてしゅっぱつしようとすると、こんどはそらの上から、「ケン、ケン。」となきながら、きじがおりてきました。
「さくらたろうちゃん、さくらたろうちゃん、どこにいくの?」
「おにがしまに、おにさんたいじに行くの!」
「おこしにさげてるのは、なに?」
「パパとママがつくってくれた、きびだんごなの。」
「にじにもいっこちょうだい、くれるならおともしてあげまーす!」
「うーん――分かったの、あげるの。」
『虹子(にじこ)』きじ――きじこもきびだんごをもらい、うしろからついてくるようになりました。
これでさくらたろうには、あさひわん・そらる・きじこの三びきのおともができたのでした。